今回は「福田家」にとって切っても切り離せない大切な存在――芸術家・美食家として知られる北大路魯山人(1883-1959)についてお話させていただきます。「福田家」は、初代の福田マチが魯山人本人より直接ご指導を受けながら、料理、空間、季節感、おもてなしの心などを学び、その美学を随所に取り入れた割烹旅館として1939年に開業いたしました。その後も80年以上にわたり、魯山人の思想や伝統的な日本の文化を継承し、次代へ繋ぐ使命をもって続けて参りました。
魯山人の思想や美意識を多くのお客様にお届けしたい、また常連のお客様同士が集まれる場を作りたいという思いから、2017年より月に一度の「魯山人の器で特別献立を楽しむ会」を催しております。「福田家」で所蔵している魯山人の椀や皿、書画などの工芸品は2000以上にも上ります。倉庫で大切に保管している工芸品の中から、季節やお料理に合わせて選び出した数点を展示し、また皿や椀などには実際にお料理を盛り付けながら、五感を使ってその魅力をお楽しみいただくという企画が「魯山人の器で特別献立を楽しむ会」です。
福田家の「福」の字が、ひと筆書きで描かれた大皿「銀彩福字大皿」、煮物などを入れる、蓋付きの「蕪絵乗益椀」。
近年はコロナ禍の影響でまとまった人数でのお食事が難しくなるなどの窮地もありましたが、おかげさまでご好評をいただき、今年で8年目を迎えております。会にご参加くださったご夫婦のお客様同士が仲良くなられ、一緒にご旅行を楽しまれたとお聞きしたときは大変嬉しく思いました。「月に一度のこの会が楽しみ」と、通ってくださるお客様もいらっしゃいます。料理だけでなく、一流の器にもスポットを当てた少々マニアックな企画ゆえか、料理人の方々からも人気の高い会にもなっております。
今でこそ有名な芸術家・文化人の一人であり、作品が美術館で展示されたり、高額で取引されたりする魯山人ですが、生前は作品が高く評価されることはなかったようです。当時は割烹旅館であった「福田家」にもその日に支払うお金がないから、という理由で宿代代わりに器や絵などの作品を置いていったと聞いております。
世間では毒舌で気難しい人物と伝えられることも多い魯山人ですが、実際はどんな人物だったのでしょうか。私自身は、魯山人と直接お会いすることは叶いませんでしたが、2代目の祖父によると「優しい人だった」「天才か名人かでいうならば、魯山人は間違いなく天才だ」とのこと。その言葉は、魯山人のイメージとして私の心にずっと残っています。
また曾祖母である初代の福田マチにとっては、魯山人は思想の軸であり、今の時代で言うところのメンターのような役割だったのではないかと想像しています。店作りにおいて、すべて魯山人の言うことに従ったというわけではなく、要所要所で助言を取り入れていたようです。例えば「福田家」の屋号を決める際、魯山人から「福亭」の名を提案されましたが、マチは「◯◯亭」とつけるといかにも料理屋的だと固辞し、「家のようにくつろいでほしい」という思いから最終的には自身で「福田家」と屋号をつけたのだそうです。
優れた芸術家でありながら料理の腕前も確かで、美食家でもあった魯山人の器は、素晴らしい美術作品として鑑賞を楽しめるだけでなく、料理を盛り付けることでよりいっそうの輝きを放ちます。ガラスケースに入った作品を眺める美術館とは違い、ここではお料理を実際に盛り付け、触れながら楽しむことができる……「福田家」だからこそお楽しみいただける至福の時間ではないかと感じております。機会がありましたら、ぜひご体験いただけましたら幸いです。